ICTでランニング業界の活性化狙う
日本陸連JAAF RunLink、ランニング情報一元化の試み

2019年6月24日

日本陸上競技連盟(日本陸連)は、トップアスリートの育成・強化に注力してきた「競技陸上」中心のこれまでの取り組みに加え、全ての人が陸上競技を楽しめる環境をつくるという「ウェルネス陸上」の実現を新たなミッションに掲げ、2018年11月に新プロジェクト「JAAF RunLink」(以下RunLink)を発足。幅広い層の人がライフスタイルにあったランニングを楽しむ世の中と、健康増進への寄与を目指し、2040年までにランニング人口 2,000万人を目指すことを目標に取り組んでいる。

RunLinkの裾野拡大の強力な“武器"が、最新の情報通信技術(ICT)だ。
ICTを活用したスポーツビジネスを牽引する富士通とパートナー契約を締結し、陸連公認大会(約200大会)および、今後新設されるJAAF RunLink加盟大会(約800大会)のマラソン大会に関する記録を中心としたデータの一元化を通じて、大会主催者の課題解決とともにマラソン市場の活性化を目指す。

RunLinkチーフオフィサーの早野忠昭氏は、東京都内で5月16日開かれた「富士通フォーラム」のトークイベントで「ソフトガバナンス(柔らかな統治)」と表現。ランニング情報をRunLinkという“一つの傘"に束ねることでこれまでできなかったたくさんのことが可能になる、と強調した。陸上競技は「記録のスポーツ」といっても過言ではなく、日本陸連の重要な使命として競技者の記録を管理する役割を担っている。従来はトップアスリートの記録を中心に「公認記録」として管理を行ってきたが、ウェルネス陸上の取り組みの中で生涯にわたる記録をライフログとして管理することを目指している。マラソン大会に関する記録をはじめとする情報は現在、個々の大会やサービスごとに収集され、ばらばらに管理されている。つまり、ランナーが過去に出場した全てのマラソン大会の記録を一覧で見るためには、大会から発行された記録証を保管しておくか、個人がエクセル等で管理しているような状況である。
RunLinkは、ランナー、大会主催者それぞれの課題に対しランナー一人ひとりに「ID」を発行し記録の紐づけを行うことで記録の一元管理を目指す。

RunLinkチーフオフィサーの早野忠昭氏

早野氏と対談した富士通の阪井洋之執行役員常務は「本人が同意した企業に対してのみに個人情報が提供される “パーソナル・データ・ストア"(PDS)機能」を紹介、RunLinkへのPDS機能導入の可能性に触れ、ランナーの「自己情報コントロール権」を尊重する姿勢を強調した。つまり、従来であれば個人の購買データ等は企業が保有しており、ビッグデータから導き出されたサービスはニーズに対して最適化されるので便利である反面、自分が知らないうちに情報が活用されていることに対する嫌悪感もあるかもしれない。このPDSの仕組みは、まず個人に情報を還元し、個人が情報提供者先を自らの意思で決定する。つまり、日本陸連が当初から考えていた個人に記録を還元するという考え方と一致している。
さらに既存のランニングアプリ等とのAPI連携も可能であり、日ごろの練習のランニングデータ(走行距離、走行記録など)も同じIDでひも付け管理できる。ランナーは、日常の練習データから、大会当日の記録まで、ライフログを見ることが可能になる。

富士通の阪井洋之執行役員常務

日本陸連でRunLinkを担当する新規事業室の畔蒜(あびる)洋平氏は「これまでも陸連は大会の記録を管理はしてきたが、利活用できるデータベースではなかった。今後、ランナー、大会主催者双方の課題解決に活用していきたい。」と意気込む。
日本陸連の公認大会は、大会終了後に日本陸連に記録を提出し、その記録を日本陸連が管理をするという仕組みになっている。ただし、従来管理してきた記録はIDに紐づけができておらず、また出場する大会によって表記ゆれがありソートしにくい状況であり、記録をライフログとして競技者へスムーズに戻すことが難しい。また、マラソン大会を運営する主催者も、ランナーの自己ベストが参加資格を満たしているかどうかは、記録証を人の目で1件1件確認している状況で、大変手間のかかる作業となっている。マラソンのスタート位置を決める為に申し込み時に自己ベストを記載することになっているが、それも自己申告の為、遅い人でも速いタイムを書いてしまえば前方の位置からスタートができてしまう。
その結果、「なぜ遅い人が前からスタートしているのか」というランナーから大会主催者への不満は後を絶たない。また速度の異なるランナーが一斉にスタートすることによる転倒事故の危険性や、スタート直後の混雑によるタイムロスを挽回する為に無理なペースで走ることで、怪我や心肺停止等のリスクを高める等の問題が挙げられる。
畔蒜氏は「テクノロジー的には解決可能な課題ではあるが、ランナーに記録を還元するためには、大会の申し込みから当日の記録計測までの一連の流れの中で関わるステークホルダーとの共通理解が必要である。関係者と今後話し合いを進め、各大会が抱えるそれぞれの課題を探る。その上でみんなの役に立つRunLinkを構築して多くの賛同を得、多くの人が陸上を楽しめる“ウェルネス陸上"を実現したい」と述べ、今後、情報の一元化を進めていくにあたり、運用面での課題を解決する必要があると考えている。

日本陸連の畔蒜(あびる)洋平氏

一方で、蓄積された記録データをはじめとするランナーの情報は、企業から見れば大変魅力的なデータベースである。スポーツ庁はスポーツ市場規模を2025年には15兆円になると試算しているが(表参照)、RunLinkが主に扱う領域は、スポーツツーリズムなどの「(4)周辺産業」4.9兆円、施設、サービスのIT化進展とIoT導入「(5)IoT活用」1.1兆円、スポーツ実施率向上策、健康経営促進など(6)スポーツ用品3.9兆円と、合わせると約10兆円になる。

(出典:スポーツ庁)

RunLinkは企業との関わり方も1業種1社のスポンサーシップではなく、「賛助会員」という形で、競合を排除せず同業種の企業が参画可能な新しい形態を取っている。
畔蒜氏は「従来のスポンサーシップの場合、1業種1社の考え方になり、ランナーの選択肢は最初からひとつしかなかった。個人の置かれた好みやシーンによって選択する、そういう環境を作ってみたい。」
JAAF RunLink賛助会員の基本的な考え方は「Fusion Running」という早野氏のオリジナルの考えに基づく。走りながら音楽を聞いてテンションを上げたい人もいれば、走った後のビールが楽しみで走る人もいる。「Fuse Anything You Like into Running=あなたの好きなものをランニングに融合させる」をキーワードに、JAAF RunLinkでは、賛助会員が有する価値とランニングに接点をもたらしていくとのこと。
RunLinkの「賛助会員」になれば、蓄積されたデータを「マーケティングデータ」としてビジネスに活用することができる。すでにKNT-CTホールディングス(近畿日本ツーリスト)などが賛助会員に加盟、他にも大手医薬品、食料品メーカーや楽器メーカーなどの企業も関心を示しており、データは、スポーツ業界に限らず、幅広い分野で活用される見込みだ。ランニングデータは蓄積されれば蓄積されるほど、その“利用価値"は高まり、スポーツだけでなく、医療分野など活用分野も広がり、より快適なランニング環境が整えられていくだろう。もちろん賛助会員へのデータ提供は無制限ではない。提供範囲はランナー本人が決める。
畔蒜氏は「PDSの仕組みは、データを開示するかどうかは個人が決めること。つまり、企業はデータが欲しくてもランナーにとって魅力的なサービスを提供できでなければいけないので私たちも賛助企業と一緒になって新しい価値を創造していきたい。」
RunLinkのHPに既に賛助企業として参画を決めた企業の一覧が掲載されているが「ランナーのランニングライフスタイルを支える企業」とただ社名が羅列されているのではなく、RunLinkの考えが垣間見える。

2019年のテスト環境でのデータ取得を経て、2021年4月から本格稼働させる。本格稼働するまでの期間は、賛助企業とデータ連携の実証や、オフラインでのイベントを開催する等の取り組みを行う。6月1日(土曜日)~9日(日曜日)には渋谷区をメイン拠点として「Running Week 2019」というイベントを、今年初めて開催。賛助企業とともに期間中、ランニングに関する様々な企画を実施した。

マラソン業界の課題解決と同時に、そして産業の発展に取り組みを目指すRunLinkの活動に注目したい。

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